06 ほっと一息読書の最近のブログ記事

元戦略コンサルトの書く自己啓発の本は「正論だけど、だから?」という本が多いんだけど、「抜擢される人の人脈力」は、良い意味でそれを裏切ってくれる本なので紹介しようかと思います。


能力があるのにどうも運のない人、どこの組織でもくすぶってる人がいる一方で、能力や知識はボチボチなのに、いきなり抜擢され(いわゆる出世をして)活躍している人がいます。「あいつは運がいいから」と一言で片付けてしまうと、いくら能力があっても一生ボチボチな人のままで終わってしまう可能性があるということに、この本は気がつかせてくれます。

抜擢というのは、待ってるだけでも能力や知識を持ってるだけでも叶うものではなく、つかみとるものであることをこの本は教えてくれます。しかも、その抜擢の機会のつかみ方を見える化してくれているという意味でこの本の価値は非常に高いと言えます。

自分もどちらかというと能力やスキルをバネにそれなりのポジションを築いていこうという頭でっかちな考え方をしていました。しかも、それなりに「こなせる経験」をすれば、次の「同じステージでの経験」ということを繰り返していました。本来は「上のステージでの経験」を目指すべきなのですが。

そして、抜擢される人の人脈力を読んで、振り返ることをあえてしなかった昨年のことも少し書いてみようかという気にもなりました。年度末に、ブログを書かなくなった理由をなんとなく捏ねて書いてしまったけど、本当は4月から10月末までのたった7ヶ月間の仕事が、もしかしたら前髪しかないチャンスの神様だったのかもと。

「自分自身の潜在能力を買いかぶってくれる人がいなければ、抜擢というチャンスは決して訪れることがないもの」「白馬の騎士は待っててもやってこない」と言う著者の岡島さんが、抜擢という運をつかむために最初にやらなければいけないこととしてあげているのが「自分にタグをつける」ということ。そう、del.icio.usで一気にブレークしたまさにあのタグのこと。

抜擢される人の人脈力の中でタグとは、

・どんな仕事をしたいのか
・自分に出来ることは何か?
・相手にどんなメリットをもたらすか?

と定義されています。

相手のメリットというのは、抜擢してくれる人の視点で合理的な説明がつくメリットのこと。つまり、抜擢してくれる人の立場や状況に応じて、あらかじめ用意しておいた複数のタグをうまく使い分ける必要があるってことです。最近の自分は、「何もんなんですか?」という質問に対して、「何でも屋というか、器用貧乏なんでもこなしちゃうんですよね」という完全な「 I Am Nobody」になっているとまずは反省し、タグの整理をはじめたところ。

抜擢されるために、次にすべきことは「コンテンツを作ること」。すなわち、実績を作るということ。

転職活動をした人間だとよく分かると思いますが、実績と言われると言われるとどうしても遠慮がちになったり、尻込みしてしまうこともよくあります。自分のような企画や立ち上げを得意とする人間は、企画や戦略、設計、組織の土台を作るところまでを仕事の領域としていることが多く、その後のデリバリや実行部分で失敗なんてことがあると「実績なんかないんじゃないか」と悲観的な考え方に陥ってしまうことも多々あったり。

だけど「最初は、具体的な成果でなくてもかまわない。時間がかかるものだし、時の運もあるから。」と実にプラクティカルな目線で、抜擢される人の人脈力は、気づきを与えてくれます。

しかも、コンテンツとなる実績は成功体験だけでなくてもいい。「そこで何の役割と責任を担ったのか?」「どんな努力をしたのか?」「経験をして何を学び取ったか」「どこまでそのコンテンツに対して真剣に関わっているか(いたか)」というを相手に分からせればそれでいいとのこと。

この本の共感出来る点は、正論だけでなく逆説的な現実論も同時に展開してくれてるという点。例えば、コンテンツとなる実績を作る際に、自分のつけた「タグ」にとらわれれすぎると、チャレンジができなるという弊害があるとも岡島さんは指摘しています。まさに「不意にやってきたチャンスが、「自分のやりたいこと」と違った場合、せっかくの機会を逃すことになります。」という一文は、昨年の自分の経験を文面にした感じで、なんでこの本がもっと早く(2年なんて執筆時間かけてんじゃないよー!)出版されなかったのかとか悔やみたくなります。

ウェブ時代をゆく

| No Comments | No TrackBacks

今更感はありますが、出張の行き帰りの交通機関の中で梅田さんの「ウェブ時代をゆく」を読んでみました。

「いかに働き、いかに学ぶか」の副題にあるように、前著「ウェブ進化論」で描いた将来像を見越して、これからどう生きていくかの梅田さんなりのビジョンを語った内容。情報や知が価値を生む時代、学習の高速道路を一気に駆け抜けることが出来る環境があるのだから、好きを貫き通せば、組織に頼らず、けものみちを歩む事も出来るよ、と大志を抱く若者に大きな勇気を与えるとても内容は心地よいです。

もし、5年前にこの本を手にとっていたら自らの拠り所にした可能性は十分あったと思わずにいられません。ただ、個人がどう生きていくべきかのビジョンは示されていても、基点が所詮「個人」でしかないのは、読み手によってはナイーブさを感じるかもしれないとも思いました。もし、自らが生きるだけでなく、周りにも影響を与え、なおかつ社会に対しても十分な貢献・還元(例えば、株式会社の存在意義のひとつに雇用などを含めた社会貢献があるように)をすべきと「社会」を基点とした志を持っている人には、「ウェブ時代をゆく」は物足りなさを感じるかもしれません。「ウェブ進化論」では、後で振り返ると何かのターニングポイントになるかもしれないと感じましたが、「ウェブ時代をゆく」は、次の志を描く続編に期待したいと感じました。

THINK!最新号のテーマは、デザイン思考力。デザインの価値にフォーカスを当てた興味深い記事が満載だろうと思って購入してみたものの刺激的な内容はあまり多くありません。(読む順番を間違えたのか。。。)

その中でも一橋大学大学院国際企業戦略研究科 竹内弘高氏と一橋大学大学院国際企業戦略研究科 亀谷勉氏が自ら創設したポーター賞を自画自賛する記事があって思わず失笑してしまいました。

デザインに注目が集まる第2の流れは、デザインが表面的なビジュアルだけでなく、その背後にあるコンテクスト(文脈)を物語る非常に有効な手段である・・・

(中略)

一橋大学大学院国際企業戦略研究科では、2001年に、独自性のある優れた戦略を実施し、優れた収益性を達成・維持している日本の企業と事業部を表彰し、その実践を広く紹介するために「ポーター賞」を創設・・・

(中略)

このポーター賞を象徴するものの1つが、ロゴマークである。

(中略、読んでください。。。)

このロゴマークが何を意味しているかと人に聞いて見ると、10人中9人が「殻を破れ」「既成概念を飛び越えろ」と答える。われわれがこのロゴマークのコンセプトに掲げているのは「Out of Box」、まさに既成の枠を飛び越えて、新しいイノベーションを打ち立てて欲しいという願いなのである。

(後略、あとは読んでください。。。)

ロゴマークは、ポーター賞のサイトの左上にあるのでまずは見てもらえばいいと思ますが・・・。確かに聞かれれば、ロゴマークからポーター賞にかけた思いが伝わってくるかもしれません。

ただ、このロゴマークがポーター賞のアイデンティティを語っているかというとちょっと疑問です。ロゴマークはあくまでもデザインの一手段であって、そこからポーター賞の本質が伝わってこなければ、思いはわかってけど、で、ポーター賞ってどうなの?となりかないかと。。。

それに、このロゴマークがデザイン性に優れているかどうかはさておき、このウェブサイトは一体全体どうなんでしょうか。ロゴマークで伝えたいポーター賞への思いがまったく反映されていません。表彰資料もなんじゃこりゃっていった感じ。

デザインは、伝えたいものの本質を伝えてくれるもの。強いて言えば、アイデンティティそのもだと思うのですが。

というのは、志賀直哉くらいにして欲しいとパリにいる妹を持つ兄のつぶやきなのでした。それと同時に、英語も公用語にというのもビジョン無き政治家に語って欲しくないと思うのですが、一方で英語を話せないと恥ずかしいという風潮が世の中に出来つつあるのも確かではあります。

また、一昔前に(とはいっても自分が大学進学のために上京してきたころ)あった方言を小馬鹿にした風潮がなくなり、方言が文化(?)として見直されつつあるのは良いことかと。余談というか、田舎の母親が持ってきたトマトの苗に緑のトマトは実るけど、色づかないので色々調べて見ると『摘芯』をすべきだとネットに。この摘芯なんて言葉、東京にいたら知らなくても一生過ごすだろうに。言葉というのは、必要だからこそ生まれるものだし、使うものだと。。。

扁桃腺の腫れから倦怠感を伴った病気になるととにかく何もやる気が起こりませんが、寝ている以外はやっぱり暇です。という訳で、病院に行った帰りに週刊経済誌のナンバー3(?)週刊ダイアモンドを買って読んでみましたが、こんな酷い経済誌だったの?とちょっとびっくりしてしまいました。

日経ビジネスも記事の奥深さが失われている気がするのですが、週刊ダイアモンドは、あきれてしまうレベルでした。 記事の論理構成があまりにも低い。低すぎる。。。「テレビ局崩壊」という刺激的なタイトルを補完するに値するはずのデータや取材ソースも素人レベルといって良いほどの陳腐さなので、思わずタブロイドを読んでいるのかという気分にさせられる。記事の論理構成をあらかじめ決めてから取材したんだとしたら、モレが多すぎ。。。挙句の果てには、週刊ダイアモンドの読者はテレビを見る人たちとは異なる人間だとヨイショする外部のコラムを読んでいて気分がさらに悪くなりました。

週刊ダイアモンドなんて読まないから知らなかったけど、この経済誌大丈夫なの??

参考:ダイヤモンド社周辺の相関図

Pages

Powered by Movable Type 4.28-ja